バグダッド日誌 (2006年2月19日)
バグダッドLO日々業務報告 ( 2月19日1830 )
区
分
( 1 ) サマーワに直接影響を及ぼす脅威情報
なし ( 2 ) イラク全域に係る脅威レベル
サマーウ及びバスラは 、 バグダッド及びモスルに
1 警戒態勢等
ラマディは
2 特記事項
情報収集及び連絡調整
3 本日の業務
情報収集及び連絡調整
4 明日の予定
5 その他 ( 備
なし
| バグダッド 日 誌 ( 2月19日 )
0 マーチン大佐との再会
パレス ( 多国籍軍司令部 ) で実施された高官視察の調整会議に行く途中 、 「 日の丸のついた緑の戦闘服 」 姿の一目 で日本人と分かる私を見つけた米陸軍大佐が 「
を知っているか ? 」 と話しかけてきた 。 私が警備幹部としてお仕えしたことを伝えると 、 お互いに以前に会ったような . . という印象を持った 。
その方はマーチン大佐という方で 、 2年前CUTF - 7からイラク国内の多国籍軍が設営しているキャンプ全てを 、 警 備施設の面から評価しており 、 2004年3月にサマーワ宿営地を評価に来ていたのだ 。 当時スミッティのオランダ軍か ら聞いたマーチン大佐の評判は 、 「 とにかく基地警備の評価に厳しく 、 うるさい人だから気をつけろ 。 スミッティも沢山の 指摘を受けた 。 」 とのことだった 。 視察当日は 、 緊張しながらサマーワ宿営地の警備施設を案内をしたのを思い出した 。
当時の事をお互いに懐かしく話しあった 。 マーチン大佐曰く 、 「 口は 、 ダイナミックだ 。 」 、 「 当時ブリーフィング をしてくれたのはスマートだ 。 ( 第1次業務支援隊3科長 ) 」 と当時の事を大変詳しく覚えていてくれ 、 私に対しては 、 「 確か昼食会にいたよな ? 」 と恐るべき記憶力で当時の事を話してくれた 。 また 、 宿営地警備施設に関して強烈な印象 を持っており 、 「 四方が視認できる場所に宿営地を構え 、 道路からは離隔させていた 。 5mの場と3mの場を構成してあ り 、 運用的 ・ 戦術的に素晴らしい宿営地だった 。 VBIED等の対策は万全で私が評価したキャンプで最上位のものだっ た 。 キャンプ内は整然としていて 、 俺がテロリストだったら絶対に近づかない 。 」 と熱っぽく語ってくれた 。 マーチン大佐は現在タスク ・ フォース134 ( ディテイニー ・ オペレーション ) J3として 、 キャンプ ・ ヴィクトリーで3週間前 から勤務している 。 今日出会った大佐は 、 宿営地を評価に来た時のような厳しい評価官の表情はなく 、 2年ぶりの再会 を心から喜んでくれた 。 「 いつでも困ったことがあったら言ってこい 。 戦友の為に俺にできることなら何でもしてやる 。 」 と 言ってくださり堅い握手を交わした 。 人の縁の不思議さに感動し 、 また日本隊の心強い理解者を得た気がした 。