バスラ日誌 (2006年4月4日)

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バスラ日誌 ( 4月4日 )

1月8日クウェートに入国した日から数えて87日目 、 1月12日タリルに着き 、 イラクに入国してか ら今日で83日目を迎えた 。 別に何の節目でもないけれども 、 あっという間であったような気もするし 、 長かったような気もする 。 約3ヶ月が過ぎ 、 当初予想していたような状況に戻りつつあるが 、 毎日のよう に日本から発信される情報によって 、 司令部でも色々な憶測が飛び交っている 。 我々の立場は 、 まだ何も 決まっていないということで一貫しているが 、 いろんな人からいろんな事を聞かれ 、 またいろんな事を質 われ 、 日本隊の去就が師団の作戦に与える影響の大きさに戸惑うばかりである 。 先日 、 朝の会議で 、 メデ ィア担当から日本隊の撤収がかなり遅れそうだという報告があった時 、 師団長は笑いだし 、 幕僚長は頭を 抱えていた 。 それから毎日のように 、 日本のメディア情報が告げられ 、 大臣の発言まで出だしてからは 、 やや諦めムードが漂っていた 。 しかし 、 我々の態度は一貫している 。 まだ何も決まっていないのだ 。 日本 はいつ撤収するんだと聞かれまくっていた時に 、 まだ決まっていませんと言うのは何とも心苦しかったが 、 そんなに遅れるのかと聞かれる時に 、 まだ決まっていないと答えるのは何となく気軽である 。

今日の朝会議では 、 夏期の撤収活動困難との発言に対する 、 どんな場合にでも対応するという防衛庁筋 の発言や 、 日本政府が早期撤退完了方針を崩していないとのメディア情報が紹介され 、 皆さん少し安心し たようであった 。 2 上記頭を抱えていた幕僚長は 、 噂では今月交代するらしい 。 自分の手である程度の結論を出して申し

送りたいと考えておられるだろうが 、 かなり難しくなってきた 。 J3部長も数日後には後任者が来ると いうことで 、 新部長に対し日本隊に関するブリーフィングをしてくれと頼まれている 。 その他にもすで にたくさんの人が交代していったが 、 短い間でも 、 また外国の人たちとでも心を通わせることができる ものなのだということを実感している 。 本日快晴 。 バスラ3名 、 極めて健康 。

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スミッティLO日々業務報告 ( 4月4日 )

区 分 1 警戒態勢等

内 Threat Level

変化なし

2 特記事項

特になし

「 本日の業務

( 1 ) 情報要求対応等

サマーワ市内の治安情勢 ( 特にキャンプサマーワ及びキャンプスミッティへのIDF攻撃関連情報 ) 、 「 デモ関連情報 、 英豪軍の情勢判断等 | ( 72 ) 各種業務調整等

明日以降の案軍支援要請関違 、 業支隊長 ・ 政策アドバイザースミッティ訪問関連 ( 5日 ) 、 射場申話関連 ( 3 ) 各種ミーティング等

英 ・ 豪軍作戦会議参加 ( 1 ) 情報要求対応等 ( 2 ) 各種業務調整等 ( 3 ) 各種ミーティング等

4 明日の予定

5 その他 ( 備考 )

明日の射撃訓練 RANGE1 : JIRSG ( 小火器 ) 0700 ~ 1700 ( 申請時間 ) RANGE2 : 英軍 ( 小火器 ) OB00 ~ 1930 RANGE3 : 藤軍 ( 小火器 ) 0700 ~ 1300